「それっ、頑張れっ!」「ノコッタ、ノコッタ!」。少年のころに目にした町ぐるみの相撲大会。賞品は積まれた米俵等。お昼に、母が握ったおイナリごはんが一番うまい。
大会の一日が終わり、父と相撲好きの大人たちの会話と歌(相撲甚句)が耳に残っている。
「食い盛りの若いもんが親孝行をしたくて、相撲取りになるんだ」。そして力士たちの故郷にちなんだ歌が延々と続いた。
かつて長沼町にも本相撲が来たと聞く。以前は道内の各地で相撲が盛んだったらしい。長沼神社の境内も土俵跡が、かすかに残っている。
先日、ネット上で、大鵬親方の話が書かれていた。「開拓者精神を受け継いでいたから。経済的にも気候的にも厳しい中で、耐えること、辛抱する力を知らず知らず身につけてきた。私は腹一杯食べたいという気持ちで、入門したのだが……」
北海道出身の名力士たちが入門した時代は、昭和四十年ごろまでか。地域差はあったと思うが、治水事業もまだまだ追い付かなく、水害や冷害にしばしば見舞われた。私の町も川が度々氾濫した。決まってそんな年の冬は、寒さが一段と厳しかった。
幼少のころ、とても大きい大きいおすもうさんに、ダッコされたかすかな記憶。そして千代の山が残した「涼風千里」と書かれた一枚の掛け軸。今日まで幾たびも、私の闘志を沸きたたせてくれた。
ネット上で読んだ大鵬親方の話が、私の中にある「相撲の記憶」をパノラマのようによみがえらせてくれた。
今日も頑張ろう。
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